コラム

2022.08.28

抗うつ薬のお話

こんにちは大阪市城東区鴫野駅から1分「けいクリニック」院長、精神科専門医の山下圭一です。

前回まで3回にわたってお薬の話を続けてきましたが、今回はいわゆる”うつ病”とそれに対するお薬(抗うつ薬)について説明をしていきます。

<目次>

  • 1.“うつ病”は増えている?
  • 2.“うつ状態”を引き起こす病気について
  • 3.抗うつ薬について知ろう
  • 4.抗うつ薬を飲むときに気を付けること
  • 5.薬物療法以外のうつ病の治療
  • 6.さいごに

 

  • 1.“うつ病”は増えている?

昔に比べて「うつになる人が増えた」というご意見があります。本当でしょうか?

精神科医の間では、「うつ病自体が増えたというよりも、色々な原因で“うつ状態”になる人は増えているかもしれない」「メンタルクリニック受診のハードルが下がったことで、以前なら受診を我慢していた人たちが受診しやすくなったから増えたように見える」という意見がきかれます。

いわゆる“うつ病”の有病率は約17%ともともと精神疾患の中では高く、女性は男性よりも2倍多く、ホルモンや出産の影響、心理社会的ストレス因子の違いなどが影響しているのではと言われています[i]

次の項でご説明しますが、“うつ”という状態は、うつ病以外にも色々なご病気で出ることがあります。そして、病気でなくても“うつっぽく”なることはあります。

ペットが亡くなる、恋人とお別れする、などのつらいできごとに遭遇したとき、気分が落ち込み、悲しくなるのは、当たり前のことです。

そこまで大きな出来事でなくとも、明日からまた仕事(学校)という日曜日や、連休の最終日、やらなければならないことが山積みなのにやる気が湧かないとき、等々、“うつ”は私たちの日常にあります。

ただ、つらい出来事があって落ち込んでいるからと言って、すぐに「うつ病だ」という精神科医はいないでしょう。

よくあるストレスへの反応としての“うつ状態”の範疇を超えて、症状が重く、長く続いている、という場合に、治療の対象になりえます。

 

  • 2.“うつ状態”を引き起こす病気について
  • ここでは、“うつ状態”が症状として出る可能性があるご病気についてご説明しましょう。

    一番知られているのは、“うつ病”ですが、それ以外にもうつの症状が出るご病気が、いくつかあります。

    代表的なのは、“適応障害”です。ストレス因子に適応できない場合にうつや不安といった症状が出現します。仕事のストレスから、眠れなくなる、食べられなくなる、気分が沈む、集中力が低下する、などのストレス反応が出ます。

    また、“気分変調症”と呼ばれる、うつ病ほど症状は重篤ではないものの、抑うつ気分が年単位で続くご病気もあります。

    “うつ病”や“適応障害”に比べて頻度は少なくなりますが、“双極性障害(いわゆる躁うつ病)”でもうつ状態になることがあります。

    これらの病気は治療方針が違ってくるために、診断が非常に重要です。

    双極性障害の場合は、抗うつ薬を用いることはほぼありません。今回は説明を割愛しますが、気分安定薬や抗精神病薬が主に用いられます。

    適応障害の場合は、適応障害ではストレスの原因から離れると、症状が改善することがほとんどですので、環境調整が非常に重要になってきます。

    その他にも、甲状腺機能低下症などの身体の病気でもうつ状態に似た症状を引き起こすものがあります。

    うつだから精神科、ではなく、身体の検査も一緒に受けることが大切です。

 

  • 3.抗うつ薬について知ろう

うつ病やうつ病を疑う場合に用いられるのが、“抗うつ薬”です。

うつ病の症状は、セロトニンやノルアドレナリンを中心に、ドパミンやアセチルコリンなどの神経伝達物質が関係していると言われています。薬によって、枯渇した神経伝達物質を増やしたり、バランスを取ったりすることで、症状の改善が見込めます。

大きく分けて、以前からある三環系と四環系、新規抗うつ薬と呼ばれる、SSRI SNRI NaSSAとあります。それぞれの特徴をみていきましょう。

SSRI:選択的セロトニン再取り込み阻害薬
セロトニンの再取り込みを阻害することで、抗うつ効果を発揮します。
MANGA Study[ii]という新規抗うつ薬の効果と、副作用を考慮した飲みやすさ(忍容性)を検討した研究においても、エスシタロプラムやセルトラリンがバランスの良い薬という結果となりました。

SNRI:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬
セロトニンに加えて、ノルアドレナリンの再取り込みを阻害することで、抗うつ効果を発揮します。前頭葉のドパミンを増やしてくれる効果もあると言われています。
慢性の痛みに対しても効果があり、ペインクリニックや整形外科で処方されることも多くなっています。

NaSSA:ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬
ノルアドレナリンやセロトニンの受容体を遮断ではなく、刺激することで、抗うつ効果をもたらします。
鎮静効果と食欲増進効果があるため、眠れない、食べられない、という症状があるときに選ばれやすいです。
副作用としては、眠気がありますので、寝る前の服用にすることや、翌日眠気が残るようであれば車の運転など危険な作業を控えることが大切です。

三環系
セロトニンに加えて、ノルアドレナリンの再取り込みを阻害することで、抗うつ効果を発揮します。抗うつ作用が強いという強みがある一方で、便秘、口の渇き、眠気、めまい、心電図異常(QT延長)などの副作用は、新規の抗うつ薬に比べると出やすくなっています。また、色々な薬との飲み合わせ(相互作用)もあり、使いづらさがあります。
アナフラニールに関しては、点滴の製剤があるのが便利なところで、口からの内服が難しいほどの重症の場合も投与できます。

新規抗うつ薬で改善しなかったうつ病が、三環系抗うつ薬で良くなる、ということがありますので、現在でも大事な治療薬の一つです。

四環系
ノルアドレナリンの再取り込みを阻害したり、ノルアドレナリンの遊離を促進することで、抗うつ効果を発揮します。
三環系抗うつ薬に比べると、副作用はマイルドですが、効果もマイルドであるため、抗うつ作用よりは睡眠の改善などを目的に用いられることが多くなっています。

その他の抗うつ薬
トラゾドンは抗うつ薬の一種ではありますが、睡眠薬として用いられることがほとんどです。ふらつき等の副作用のリスクが他の睡眠薬に比べて低いことから、高齢者の方によく処方されます。

各分類について、よく処方される抗うつ薬ついては以下にまとめました。

最近ではSSRISNRIなどの新規の抗うつ薬をまず用い、効果が不十分な場合は、抗精神病薬や気分安定薬を少量併用することで、SSRISNRIの効果を増強するという試みもよく行われます。

それでも改善に乏しい場合、副作用や相互作用に気を付けながら、三環系の抗うつ薬を用いることもあります。症状をモニタリングして慎重に使うならば、副作用を怖がり過ぎる必要はありません。

抗うつ薬が効いているかどうかを判断するには、副作用に注意しながらも、少量から開始し、十分な量まで増やして効果をみることが大事です。

「薬に頼りたくないから」ということで、処方された薬を飲んだり飲まなかったり、少し良くなると急に内服を止めたり、という患者さんもいらっしゃるのですが、効果がきちんと出ない一方で、離脱症状が出ることもありますので、主治医とよく相談しましょう。

抗うつ薬は、調子が悪い時だけ飲む、という飲み方ではなく、毎日続けて飲んで症状が良くなるかをみる。もとの調子まで良くなったら(寛解、といいます)しばらく続け、慎重に減らして止める、という使い方をします。

良くなったからといってすぐに減量したり中止したりすると、再びうつが悪くなることが少なくありません。

また、「うつ病ではない、“うつ状態”の人が抗うつ薬を飲んで元気が出るのか?」と時々ご質問を受けることがあります。「効果よりも副作用が強く出るリスクがあるのでお勧めできない」と答えています。

まずは、適切な診断と、エビデンスに基づいたお薬の選択、副作用のモニタリングや症状の移り変わりについて、主治医と治療同盟を結んで進めることが大切です。

 

    • 4.抗うつ薬を飲むときに気を付けること

抗うつ薬の効果や副作用は、薬の種類と量、個人差に影響されます。まったく副作用を感じなかったという方もいらっしゃれば、「副作用がつらすぎて、内服し続けることができなかった」という方もいらっしゃいます。

効果が感じられ、副作用がゼロではないにしても我慢できるくらいである、という場合は、飲み続けることが多いでしょう。逆に、副作用が出なくても、効果があまり実感できない場合は、さらなる改善を目指して薬の変更をするほうが良い場合もあります。

副作用のうち、注意が必要なのは、アクチベーションシンドロームと呼ばれる状態です。不安や焦燥感が悪化したり、眠れなくなったり、と、逆につらくなります。新しいお薬を始めた時見られることが多いため、飲み始めの数週間は、体調や気分の変化を注意してモニタリングしましょう。

SSRIでよくある副作用は、消化器症状です。嘔気や下痢を起こすことがあります。吐き気止めなど、症状を和らげるお薬を併用することもあります。

消化器症状については、内服を続けるうちに次第に楽になってきて、そのうちに困らなくなる、という場合がほとんどですので、特に抗うつ効果が実感できる場合は、少し飲み続けながら様子をみることが多くなっています。

前項で触れたように、三環系の抗うつ薬は、眠気や口の渇き、便秘など、色々な副作用が問題になることがあります。お薬の効果とのバランスですが、生活の質に影響するものですから、主治医の先生に報告して、量や種類を調整してもらいましょう。

抗うつ薬は、効果があらわれるまでに数週間を要することも多いため、それまでの間は抗不安薬や睡眠薬で不安や不眠の症状を和らげながら、抗うつ薬の効果が表れるのを待つ、という方法がよくとられています。

すぐに効果があらわれないからといって、飲むのを止めることの内容にしましょう。

 

  • 5.薬物療法以外のうつ病の治療

  • 気分の落ち込みや不安、不眠などの症状に対しては、抗うつ薬や睡眠薬などで回復を待ちつつ、ストレスを減らした生活をすることが治療の第一歩です。

うつの引き金が環境にあったならば、そしてそれが変えられるものであれば、変えたほうが良いでしょう。これを環境調整といいます。

たとえば、職場の人間関係にストレスを感じてうつ状態になった場合、休職をしてストレスを距離が置くだけで、体調が回復することがよくあります。

ただ、回復したとしても、再びストレスの多い環境に戻ってしまうと、うつが再燃することも、もちろんあります。

ですから、環境が変えられるものであれば、変えるほうがよいのです。仕事が原因の方であれば、社内での異動や職種の転換が可能かどうか、会社と相談してみましょう。主治医の意見書や診断書が後押しになることもあります。

どうしても環境を変えられない場合、カウンセリングを受けることで、ストレスとの付き合い方が上手になる、ストレス耐性が高くなる、という方もたくさんいらっしゃいます。認知行動療法や筋弛緩法など、研究で効果が検証されているものも多くありますし、新しい考え方や対処の仕方を身につけることで、ストレスとの付き合い方が上手になり、自信にもつながります。

それ以外にも、規則正しい生活、十分な睡眠、適度な運動、アルコールやコーヒーを飲みすぎない、などの生活習慣も大切です。

 

  • 6.さいごに

  • うつの真っただ中にいらっしゃるときは、何もかもうまくいかないように感じてしまうかもしれません。

ただ、ご自身の症状や状況にあったお薬、環境調整、心理療法を組み合わせることで、うつから抜け出し、より生きやすい人生を送ることができている方はたくさんいらっしゃいます。

うつ病は、必ず良くなるご病気です。そして、早めに気づき、適切な診断と治療を受けることで、早い回復が見込めます。

当院でも、うつ病やうつ症状に関するご相談や抗うつ薬の服用に関するご相談などをお受けすることが可能です。大阪市城東区「鴫野駅」徒歩1分のけいクリニックまでお気軽にご相談ください。

 

参考文献

[i]Sadock BJ, Sadock VA, Ruiz P, 井上令一,四宮 滋子,田宮 聡:カプラン臨床精神医学テキスト DSM-5 診断基準の臨床への展開 第 3 版.東京:メ ディカル・サイエンス・インターナショナル; 2016.

[ii]Cipriani A, Furukawa TA, Salanti G, et al : Comparative efficacy and acceptability of 12 new-generation antidepressants:a multiple-treatments meta-analysis. Lancet 2009373746-758

高橋三郎、大野裕監訳: DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014