コラム

2022.04.27

愛着障害~アタッチメント理論とセルフケア~

こんにちは大阪市城東区鴫野駅から1分「けいクリニック」院長、精神科専門医の山下圭一です。

“愛着障害”という言葉は、多くの方にとって、あまり聞かれ慣れないものでしょう。
 例えば、以下のようなお悩みをお持ちの方はいらっしゃいますでしょうか?

●自分で自分の気持ちをコントロールするのが難しい
●自分に自信がない
●人に頼ったり甘えたりするのが苦手である
●相手が自分の期待通りにならないと、逆に攻撃してしまう
●他人の言動の些細なことが気になり、怒りがわいてくる
●相手に拒否される前に、自分から拒否してしまう
●相手の態度を気にしすぎて、気を遣ってつかれてしまう 

もしかしたらこれらは、愛着の問題から引き起こされていることかもしれません。
今回は、愛着(アタッチメント)とは何か、どのような問題が起こり、どのような影響が出るのか、ということについて解説していきたいと思います。

<目次>

  • 1.愛着障害ってそもそも何なの?
  • 2.子どもの愛着障害
  • 3.大人の愛着障害
  • 4.愛着障害を抱える人のセルフケア
  • 5.まとめ

 

 

  • 1.愛着障害ってそもそも何なの?

 

“愛着”とは、英語の“アタッチメント”の日本語訳ですが、訳語については議論があり、“アタッチメント”とそのままカタカナで表記されることもあります。
今回は、わかりやすくするために、“愛着”で統一してお話していきます。

愛着とは、“ある人物が特定の他者との間に結ぶ情緒的な絆”のことです。子どもと養育者との間の心理的な結びつきのことを指すのが一般的です。

子どもにとって、親、とくに母親との関係は、人生の中で初めての人間関係であることが多いものです。その関係性は、他の人との人間関係を築くための基礎になり、世界や自分自身への信頼感を育む土台となります。もちろん、親以外でも、養育者となる人が上記の役割を担うことになります。

愛着について、イギリスのボウルビィという精神科医とカナダの発達心理学者であるエインズワースの理論が有名です。

ボウルビィは、人間の子どもが生き延びるには、安全な状況と、危険を冒して探索することの、両方が重要だという理論を唱えました。つまり子どもは、脅威を感じると安全な場所を求め、養育者の元に戻ることで安心できると、次の探索に向かう、というのを繰り返しながら成長していくのです。
その安全基地としての役割を担うのが養育者(多くの場合母親)です。しかし、養育者が安心を与えてくれないと、子どもは探索に乗り出すことができなくなり、正常な発達が妨げられることがあります。 
このように、愛着が適切に築かれなかったために起こる障害を、愛着障害といいます。例えば、養育者から虐待やネグレクトを受けることは、愛着障害の原因となります。

続いて、エインズワースは、不安定な愛着について、不安定回避型、不安定両価型、不安定混乱型、の3つに分類しました。
不安定回避型のこどもは、そっけなかったり暴力であったりする育てられ方をされており、人との親密な関係を回避する傾向があります。脅威を感じる時でも、大人に頼るのが苦手です。
不安定両価型の子どもは、危険がないときでも探索できず、養育者にまとわりつく傾向にあります。
不安定混乱型の子どもは、虐待を受けた経験があることが多く、情緒を欠き、脅威を感じると奇妙なふるまいをします。

臨床的には、愛着障害は、児童の精神科で扱われることが多いものです。ただ、成人の精神科臨床においても、自傷行為や依存症の背景に子どもの頃の逆境的な体験や愛着の問題が隠れていることがあり、無視することはできない課題です

 

 

  • 2.子どもの愛着障害

 

赤ちゃんは、不快なことがあるときには、泣きます。そうすれば、親が近づいてきて、不快を解決してくれる、つまり安全が確保されるのです。
泣く以外にも、親のほうを向いたり目で追ったり、微笑んだりすることで、親も赤ちゃんを見つめ返し微笑み返し、このような交流を経て、愛着が形成されていくのです。
この体験を通して、人間は基本的な信頼感を得ていきます。
ただ、子どものころに、安定した愛着のスタイルを築けなかった時に、愛着の問題を抱えることになります。 

診断基準では、世界保健機関(WHO)による国際疾病分類第11版(ICD-11)に“反応性アタッチメント症”、米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第五版(DSM-5)では、“反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害”と“脱抑制型対人交流障害”が定義されています。
反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害は、5歳までにみられ、養育者に対して引きこもった態度や行動を示し、対人交流や情動の反応が乏しくなります。
脱抑制型対人交流障害は、見慣れない大人にもためらわず近づいてしまい、過度に馴れ馴れしかったり、見慣れない大人に進んでついていったりします。こちらも、不十分な養育が原因となります。
どちらも、不適切な養育、例えば、基本的な欲求が満たされなかったり、安定した愛着形成の機会が制限されたり、養育者が頻回に変わったり、という経験が原因とされています。 
明らかな虐待がなかった場合でも、養育者が精神的な問題を抱えていたり、長い間施設で育ったり、最初の養育者(多くは母)と離れなければならず母性的な世話を十分に受けなかった場合に、愛着の問題が起こることがあります。

また、診断基準に当てはまらない場合でも、教育や臨床の場面では、「愛着の問題がある」と広くとらえることがあります。例えば、つらいことがあってもうまく頼ったり甘えたりできない子どもや、他人との距離が近すぎて、初めての人にも警戒せずに近づき馴れ馴れしい子どもは、たとえ診断基準に当てはまらなくても、愛着の問題を抱えているという前提で接するほうがよいこともあります。 
問題行動だけでなく、逆に大人の顔色をうかがって良い子をしている子どもも、愛着の問題からきている態度のことがあります。そのままの自分を認めてもらえる安心感がないために良い子をしている、良い子でなくなったら嫌われる、という不安を抱えている場合があるのです。

また、子どもの愛着障害の原因は、養育者側だけではありません。
子ども自身に自閉スペクトラムのような発達の特性があると、他人との交流を求める力が弱いことがあります。周りの人間に甘えたり、困ったら頼ったり、近しい人に懐いたり、ということがうまくできず、他人との関係性の中で安心を感じるという経験そのものをしづらくなってしまうのです。 

その他、家庭の経済的なゆとりのなさや、周囲に構ってくれる人が乏しいことも、子どもや養育者ともに影響を受けることがあります

 

 

  • 3.大人の愛着障害

 

現時点では、“愛着障害”は子どもの障害という位置づけです。 

愛着障害を抱える子どもが大人になった時にどう診断されるかについては、議論されている途中です。愛着の問題をもつ子どもが大人になったときに、子どもの頃の愛着の障害が、引き続き影響することが多い、という報告があるからです。
少し成長して、思春期の頃によくある、自傷や不登校や、頭痛などの身体症状で病院を受診することの根底に、子どもの頃からの愛着の問題があることがあります。

また、他人に安心して頼れない、信頼することができない、いわゆる“自己肯定感が低い”方の根底に、子どもの頃に愛着をうまく形成できなかったことの影響を引きずっているのではないか、と思われる方々がいらっしゃいます。
年を重ねると、愛着の問題以外の要素も複雑に絡み合ってきて、不安や情緒の不安定さなど現れ方にバリエーションが増えるため、他の精神疾患との区別が難しくなり、診断を受けることや適切な治療を受ける機会がなかなか得られないこともあります。
幼少期の養育者との問題に加えて、養育者以外との人間関係、本人の発達特性などが複雑に絡まり合って、種々の症状や行動をひき起こしており、原因を特定することや、シンプルな治療だけではうまくいかないことも多いものです。 
虐待やネグレクトなど、明らかな逆境的な体験がなくても、親に甘えられずに育ってきたことで、他人が信頼できず、自己肯定感が低い方は、愛着の課題があると言ってもよいかもしれません。 
また、愛着の問題をもつ人が子どもを持ち、その子との関係の中で再び愛着を育むことができず、子どもも愛着の問題を持つようになる、というふうに、世代間で問題が連鎖することもあります。

子どもの愛着障害のパートでご説明した、不安型―両価的な愛着のスタイルを持つ方は、人間関係にすがったり、極度の嫉妬心を抱いたりする傾向にあると言われています。また、回避的な愛着のスタイルを持つ人は、寂しくても親密な関係を築けず、人間関係にストレスや葛藤があると、引きこもりがちになります。

このように、子どもの頃からの体験によって形成された、“愛着のスタイル”は、年齢を重ねても影響し続けます。

 

 

  • 4.愛着障害を抱える人のセルフケア

 

安定した愛着のスタイルを身に着けた人は、他者との安定した関係性を築け、過剰な嫉妬心や拒絶への怖れを持ちすぎずにいられます。
ただ、養育環境というのは、選べるものではありませんから、自分で「愛着がうまく形成できなかった」と気づいても、できることはあるのでしょうか。

答えとしては、「できることはある」と考えます。ではどのようにすればよいのでしょうか? 

まず、いきなり「自己肯定感が低いのは良くない、自己肯定感を上げなければ」と変わろうとするよりも、そのままの自分でよいと認めるところから始めてみましょう。
また、大人として、親として、社会の中で生きていくのは、時には脅威を感じる出来事が起こります。
そこで、安全基地や避難場所を持っておくことをおすすめします。子どもの頃に、養育者との関係のなかで安心感を得られなかった場合でも、治療者に愛着を持つことで、以前はできなかった新しい行動ができるようになることがあります。

安定した愛着のスタイルのある人と一緒にいることを選ぶことも大切です。安定した愛着のスタイルとは、感情に振り回されずに、一貫した態度で接してくれる人です。人間関係で気を付けることとしては、ヒトとの距離の取り方を工夫することから、対人関係のあり方や、自分の感情の扱い方を学んでいくことです。

次に、お子さんを養育している立場の方にお願いしたいことです。
お子さんの、安全基地になってあげてください。例えば、自分の感情で振り回さない、自分の調子が良い時も悪い時も、一貫した態度でいること、相手にとっての安全基地でいること、です。 子育てをする中で、もしこれらのことが難しいと感じられた方がいらっしゃったら、もしかしたらご自身が愛着の問題を抱えているのかもしれません。
ただ、愛着の問題を抱えている人は育児ができないかというと、そんなことはありません。育児を通して、安定した人間関係を結ぶことを学び、自分の中にある愛や情緒に気づくことは良くあります。

 

 

  • 5.まとめ

 

社会の格差の拡大、子どもの貧困、子育てが難しい養育者の問題が顕在化するなかで、“愛着の問題”が注目されてきています。不登校やひきこもり、いじめ、抑うつ、心身症、暴力、自殺などの子どもの心身の問題への支援のニーズも高まっています。 

“愛着障害だから不幸になる”というわけではありません。子どもの頃のことは取り返せない訳ではありません。

ご自身が愛着の問題を抱えていると思われる方は、メンタルヘルスの資源を活用して、安全な状況・場所を確保するところから始めてみてください。
安全な状況・場所で、対人関係や感情との付き合い方を学んでいくことで、生きづらさが少しずつやわらぐ方が多いです。

“愛着のスタイル”は個人の内側の要素かもしれませんが、安全な場所を確保しにくかったり、必要なサポートを得られにくかったりすることは、社会の課題です。

今後も“愛着障害”の概念は進化し、他の精神障害との関連も議論されていくでしょうが、起こっている問題を「個人の課題だ」と決めつけずに、社会的・環境的な面にも注目し、誰でも必要なサポートを得られる、居場所を得られる社会になれば、と願っています。

もし日々の生活の中で「生きづらい」「人づきあいが苦手」と感じたときに、今回ご紹介をした愛着の問題が背景にあると思われる方がいらっしゃいましたら、大阪市城東区「鴫野駅」徒歩1分のけいクリニックまでお気軽にご相談ください。

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参考文献

American Psychiatric Association(著), 日本精神神経学会(日本語版用語監修), 高橋三郎, 大野裕(監訳)DSM-5精神疾患の分類と診断の手引. 医学書院; 2014.

Sadock BJ, Sadock VA, Ruiz P, 井上令一,四宮 滋子,田宮 聡:カプラン臨床精神医学テキスト DSM-5 診断基準の臨床への展開 第 3 版.東京:メ ディカル・サイエンス・インターナショナル; 2016.