コラム

2021.11.07

ライフイベントとうつ~セルフケアの大切さ~

こんにちは大阪市城東区鴫野駅から1分「けいクリニック」院長、精神科専門医の山下圭一です。
今日はライフイベントとうつに関して説明していきたいと思います。

目次 
1.人生いろいろ~ライフイベント~

2.精神科医が知りたい、あなたのストーリー
3.ライフイベントは数値化できるか?「離婚」73点?「自分の病気」53点?

4.平穏な毎日の中にもストレスが
5.ストレスに気づいてセルフケアをしよう

6.まとめ

 

 

  • 1.人生いろいろ~ライフイベント~

 

「家族が新型コロナウイルスにかかって、自分も2週間外に出られなくて、大変だった・・・」

「転職してお給料アップしたけれど、仕事量が多すぎて、もうしんどい!」

 

生きていると、いろいろなことが起こります。嬉しいことも、悲しいことも、様々です。コントロールできることもあれば、できないこともあります(できないことのほうが多いかもしれません)。人生において起こる様々な出来事のことを、“ライフイベント”と言います。

 

例えば、近しい人の病や死、結婚や離婚、人間関係のトラブル、職場でのトラブル、転勤や引っ越しなど生活環境の変化、自然災害による被害、などの、人生の中での大きな出来事です。

 

ライフイベントは、うつ病などの精神疾患の発症と関連していると言われています。ただ、どういうことが起こるとどのくらい落ち込むか、あるいは病気になりやすいか、ということは、個人差が大きく、予測が難しいものです。

 

人は生きているうちにどのようなライフイベントを経験するのか、順を追ってみていきましょう。

 

  • ①学校を出て社会に出るとき

1525歳の間に、子どもから大人へ、あるいは学生から社会人へ、という役割の変化を経験する方が多いでしょう。環境面の変化としては、一人暮らしや引っ越しをしたり、それに伴う手続きなど家族のサポートを借りずに自分で対応しなければならないことが急に増える時期です。

 

アルバイトなどを通して学生時代から徐々に働くことに慣れる方もありますし、インターンとして学生時代に社会人経験を積む機会も増えています。いったん社会人になってから学校に入りなおすことも珍しくなくなっていますので、社会人と学生の境目はどんどん曖昧になっているかもしれません。

 

ただ、大学に入学したとき、新入社員として働き始めたときというのは、大きな環境の変化にうまく適応できず、眠れなくなったり意欲が湧かなかったりするという事態に初めて遭遇する方も多くいらっしゃいます。

 

 「大学(会社)に入ったんだから、しっかりしなきゃ」と意気込むあまり、自身に過度なストレスがかかっていることに気づかなかったり、気づいていても助けを求める方法がわからなかったりするのが特徴です。

                                                                                                                   

早めに対処することが大事ですので、大学なら保健管理センター、会社なら、電話相談や産業保健スタッフなどの相談窓口を利用しましょう。その上でもなかなか困りごとが解決しない場合には精神科、心療内科など専門家に相談するのも選択肢になるかと思います。

 

  • ②結婚など新しい家庭を持つとき、家族が増えるとき

結婚したり子どもが生まれたりすることで、妻/夫、や親、という新しい役割が付け加わります。また、自分の家庭だけでなく、自分の実家のこと、配偶者の実家のこと、など、人間関係が広がります。引っ越しなどの環境の変化も伴います。

 

女性の場合、妊娠出産などホルモンバランスが大きく変化することでメンタル不調をきたしやすいタイミングとなります。

月経前不快気分障害(PMDD)のある方や更年期の不調に、子育てや介護の悩みなどが重なり、つらい思いをしている方は多いものです。かかりつけの産婦人科医や家庭医の先生に相談できるようにしておくと安心です。

 

また、最近では、男性にも“(妻の)産後うつ”があるという研究が報告されています[i]。家族の役割やタスクが増え、これまでに経験したことのない役割、新たな責任を引き受ける、大きな変化の時期といえるでしょう。

 

 この時期には、個人や家庭内で何とかしようと頑張るのではなく、頼れる親戚や友人、家事代行や一時預かりなどの社会資源に頼りましょう。年単位で続くことが多いため、頑張りすぎないことが何よりも大事です。

 

  • ③家族や自分の病気やケガ

 どの年代であっても病気やケガに遭うリスクはありますが、年齢を重ねることで病気や怪我のリスクはどうしても高くなります。働き方や役割の変化や家族のイベント(介護や子どもの進学など)に、ご自身やご家族の病気が重なることもあるでしょう。

 

また、高齢者の方の場合、近しい人の病や死などの喪失体験、加齢による心身の機能の低下により、これまでできていたことができなくなり、落ち込みやすくなります。

 

「わけもなく涙が出てくる」

「これまで普通にできていたことができない、やる気が出ない」

 

こうしたうつの兆候があれば、メンタルクリニックの受診を検討して頂きたいところです。

 

 

  • 2.精神科医が知りたい、あなたのストーリー

 

さて、精神科医はうつ状態の患者さんの診察をするとき、「何かきっかけはありましたか」とお尋ねすることがよくあります。きっかけや原因を突き止めることは難しいとわかったうえで、敢えてこの問いを投げかけるのは、“状況や自分の状態について、どういう解釈をしているのか”、いわば患者さんの内側のストーリーを知ることがとても大切だからです。

 

 また、診察室では色んな年代の方とお話しますが、その方が人生のどのステージにいらっしゃるか、ということもいつも考えています。精神的な状態というのは、身体の状態やホルモンのバランスにも影響を受けますので、身体のことについてお聞きすることも良くあります。

 

 出産後、仕事復帰していましたが、「以前のように動けなくて気分が落ち込む」と受診された、39歳の女性のケースを診てみましょう。

 

35歳で結婚、不妊治療を経て、38歳で出産しました。職場ではプロジェクトのリーダーとしてやりがいがある仕事を任せてもらっており、産前はぎりぎりまで働き、産後2か月で復帰しました。夫や両親の手も借りながら、「仕事と家庭を両立したい」「後輩女性のロールモデルにならなければ」と頑張っていましたが、赤ちゃんの夜泣きでまとまった睡眠が取れなくなって集中力が落ち、仕事のミスが続いて自信を無くし、家事をやろうという気力もなくなってしまいました。

 

 診察の時は疲れ切った様子で、「自分はダメな母親だ」「仕事ができるという自信があったけれど、周りに迷惑をかけていることを考えると、辞めたい」とおっしゃっていました。まずは休息が重要と考え、2か月の休職の診断書を発行し仕事のストレスから離れたこと、家事や育児を完璧にやろうとすることをやめたことで、回復がみられました。しばらくは育児を優先したいということで、時短勤務ができるように職場と交渉し、無事に復職しました。

 

 繰り返しになりますが、大変なことが重なって疲れた時には、一人で何とかしようとしないことが大事です。

 

「他人にお願いをする練習」「何もしない練習」をするつもりで、周りの人の力を借りて、“自分がやるべき”ことを少しでも減らしましょう。

 

 仕事から離れる必要がある場合には、会社の休職制度や健康保険組合の傷病手当金制度を利用できることが多いですから、会社の担当の方に聞いてみましょう。

 

3.ライフイベントは数値化できるか?

  「離婚」73点?「自分の病気」53点?

ここまでのお話で、「どのくらい大変なことがあれば、うつに気を付けたほうがいいのか?」という疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。

 

ホームズとレイ(Holmes & Rahe)という研究者が、1967年に『社会的再適応評価尺度』というものを発表しました[ii]。心理社会的ストレス要因として、ライフイベントを数値化するという、大胆な試みです。

 

基準は「結婚」というイベントになっており、これを50点とします。これに比べて最もストレスが高い出来事は、「配偶者の死」(100点)、続いて、「離婚」(73点)、「別居」(65点)、「肉親の死」(63点)、「自分の怪我または病気」(53点)という結果になりました。これらの値を使って、過去1年間に経験したイベントの合計得点が何点以上の場合に、どのくらいの確率で病気になるか、という説を唱えました。

 

「別居が肉親の死よりストレスが高いはずがない」「自分の怪我や病気はもっとストレスが高いよ」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。それはその通りで、“どの出来事をどのくらいストレスに感じるか”は個人差が大きく、一律に数値化できるものではないですよね。

 

この研究に関しては、原因と結果の説明が弱い、ということで、その後批判と議論が繰り返されており、そのまま信じられているわけではありません。ただ、結婚や昇進のようなポジティブな出来事も環境の変化であり、ストレスになりうるということを多くの方に知ってもらえればと思います。

 

また、周りのみんなから「おめでとう」「うらやましい」と言われるようなできごとであればあるほど、当事者がそれをストレスに感じていても弱音が吐きにくくなりがちです。勇気を出して相談しても、「贅沢な悩みだ」などと言われてしまうと、相談したことすら後悔するかもしれません。

 

4.平穏な毎日の中にもストレスの種が

 

 さて、「怪我や病気」「近しい人が亡くなる」「結婚や離婚」ということは、そうそう頻繁に起こることではありません。むしろ、一見平和な日々の中に潜んでいるストレス要因のほうが、じわじわと我々を疲れさせます。

 

そのような日常生活における些細なストレス要因について、ラザルスというストレスの研究者が『デイリーハッスルズ』という概念を提案しました[iii]。例えば、家族のための時間が取れない、十分に休息できない、などの日常的なストレス要因と健康への影響を示しました。

 

「別に大きな出来事、環境の変化がないけれど、調子が悪い」という方は、日々の小さなストレスが積もり積もってしまったのかもしれません。もしくは、ちょっとした疲れに気づかずに、頑張りすぎてきたのかもしれません。あるいは、ストレスの影響を受けやすいものごとの捉え方のクセがあるのかもしれません。

そこで、早めにストレスに気づくこと、自分で自分のケアをすることの大切さについて、説明したいと思います。

 

  1. 5.ストレスに気づいてセルフケアをしよう

 

 ストレス要因とその影響について説明してきたところで、「どうやったらストレスに強くなれるのか」「ストレスがかかるとすぐに落ち込んでしまうクセを何とかしたい」という方のために、“ストレスと上手に付き合う対処法”についてみていきたいと思います。

 

 ストレス要因に触れると、ストレス反応を起こします。ただ、このストレスの感じ方やストレス反応へのプロセスは、かなり個人差があります。さらに、ストレスになる出来事や原因そのものは、個人の力では変えられないことが多いことがほとんどです。

 

ですから、ストレスとうまく付き合う第一歩は、自分が何をストレスに感じやすいのかを理解することです。ストレスとうまく付き合うことがどうしても難しい時は、ストレスフルな状況から逃げることや問題をいったん保留にしておくこともOKだと思います。

 

また、環境の変化が大きいと人は疲れるものですから、変化の多い時期にある方は、努めてゆっくりする時間をつくる、「疲れたな」と感じたら無理をしない、小さなごほうびでほっとできる時間をつくる、のように、少しずつストレス解消することが大事です。そうすることで、疲れがどんどんたまって気づかないうちに押しつぶされてしまうことの予防になります。

 

次に、“レジリエンス”という言葉をご紹介したいと思います。レジリエンスとは、ストレスがかかったときに悪影響が起こらないように予防あるいは緩衝してくれるものです。個人の外側にあるものではなく、自分自身の中にある回復する力ともいわれます。

 

ご自身のレジリエンスに気づくには、これまでの人生で大変だったときに、どう乗り越えてきたかがヒントになるでしょう。

 

またストレスへの対処法「ストレスコーピング」に関してはこちらの記事で紹介していますのでご参照ください。

 

上記で述べたような大きなライフイベントは、成人してから遭遇することが多いものの、子どもの頃にも、部活やスポーツの試合、試験など、ストレスのかかる出来事を乗り越えてきている人が多いものです。自分の人生でこれまでにあった大変だったこと、どうやってそれを乗り切ったかを思い出し、自分の中にある強みに気づきましょう。

 

6.まとめ

 

  • ・ポジティブな変化でもストレスになることがあります
  • ・ストレスに早めに気づいて、休んだり気分転換したり、対処しましょう
  • ・大変なときや調子の悪い時は、自分だけで何とかしようとせず、周りに頼りましょう
  • ・ご自身の中にある“レジリエンス(回復する力)”を育みましょう

 ストレスや、ライフイベントは、人生にとってのスパイスのようなものとも言われます。うまく付き合う、乗り越えることができれば、後から振り返って懐かしく思うこともあるでしょう。とはいえ、初めからうまく付き合えるものではないことが多いです。ストレスと付き合う方法で失敗したと感じることもあるかもしれませんが、その経験も一つの財産です。失敗を繰り返しながら、だんだんとストレスと付き合うのが上手になるでしょう。

 

最後に、自分で頑張ってもストレスや大きなライフイベントに上手く対応できなくて押しつぶされそうなとき、わけもなく悲しくなったり気分が落ち込んだり、何かをしようという気持ちになれないとき、ぜひ専門家の助けを借りてください。

 

 あなたの今の状態に必要なのは、休息なのかそれとも行動の活性化なのか、ストレスから距離を置くことで回復しそうなものなのか、カウンセリングが合いそうか、薬物療法も合わせたほうが良いのか、あなたがストレスのある生活をうまく乗り越えていくための、良い伴走者になってくれることでしょう。

 

ライフイベントの際の精神の不調や悩み事のご相談は大阪市城東区「鴫野駅」徒歩1分のけいクリニックまでお気軽にご相談ください。

 

参考文献
CAMERON, Emily E.; SEDOV, Ivan D.; TOMFOHR-MADSEN, Lianne M. Prevalence of paternal depression in pregnancy and the postpartum: an updated meta-analysis. Journal of affective disorders, 2016, 206: 189-203.
HOLMES, Thomas H.; RAHE, Richard H. The social readjustment rating scale. Journal of psychosomatic research, 1967.
DELONGIS, Anita, et al. Relationship of daily hassles, uplifts, and major life events to health status. Health psychology, 1982, 1.2: 119.